大阪高等裁判所 昭和37年(ツ)99号 判決 1963年11月12日
判 決
神戸市長田区庄田町四丁目三番地
上告人
李義敦
同所同番地
上告人
李義俊
右両名訴訟代理人弁護士
佐藤三郎
明石市大久保町西八木五八三番地
被上告人
張井性万
右当事者間の請求異議控訴事件につき、昭和三七年七月一四日神戸地方裁判所が言渡した判決に対し、上告人等より上告人等敗訴部分の破棄を求める旨の上告の申立をなしたので、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人等の負担とする。
理由
上告理由は別紙の通りであり、これに対する当裁判所の判断は左記のとおりである。
上告理由第一点について、
所論は、原判決が、前訴の判決の既判力が後訴に及ばないと判示しながら、何等特別の理由を示すことなく、前訴たる別訴の判決が、後訴たる本件訴訟に及ぶと判断したというけれども、原判決は、上告人が、前訴たる別訴において主張し判断されたと同一の事由を、後訴たる本件訴訟の請求原因の一つとして主張したことを以て、本訴のうちの右の請求は、実質的には別訴の異議と同一の異議を主張するに外ならないものと解して、その限りにおいて別訴の既判力が本訴に及ぶものと説示しているものであり、右判断は首肯し得べく、本訴をそのまま別訴と同一視したものではないから、原判決には所論の理由齟齬ないし理由不備の違法は存しない。
上告理由第二点について、
所論は要するに、前訴たる別訴即ち執行文付与に対する異議においては、後訴たる本訴即ち請求に関する異議において上告人の主張する債務名義所定の停止条件の未成就による給付請求権の不発生はその訴訟物になつていず、判決主文においても判断されていないから、別訴の既判力は本訴の右請求には及ばないと主張するものである。
しかしながら、民事訴訟法第五四六条所定の執行文付与に対する異議の事由は、同法第五四五条の請求に関する異議の事由としてもこれを主張し得るものと解すべきであつて(大審院昭和一五年一〇月四日判決参照)、かような見地からすれば、請求に関する異議は、確定した債務名義の効力の排除を目的とするものであるが、右にいわゆる債務名義の効力なるものは、債務名義成立当時においてすでにその全部が発生しているもののほか、その後において債務名義自身の定める一定の事由(条件、期限その他)の発生に伴つて発生するもの、及び債務名義表示の当事者から他の者に移転するものをも当然に包含するものと解すべく、結局において請求異議は、執行ないし異議の当時において債務名義の現有する執行力を排除するものである(通常それは債務名義自体に着眼して論議されるが、正確に言えばそれは他のあらゆる権利義務の関係と同様に、人即ち債務名義を保有する債権者又は承継債権者について、その現有する執行権能の否認ないし剥奪を宣言するものと解すべく、従つて通常異議権と称される訴訟物について見ても、右の見地からは、債権者又は承継債権者の現有する形式的には適法な執行力について存する実質的違法性(又は不当性)の存在が裁判による形成の原因の存否として訴訟物となるものとも解し得るのである)から、その外形上存在する執行力の排除原因がいわば先天的ないし原始的に存在したか、後発的に生じたかの区別は、制度の目的に徴すると、本質的差異を生ずるものとは考えられないのである。そうすると、右にいわゆる執行力発生又は移転の特別要件の審査手続の当否から生ずる事由を、別に執行文付与に対する異議手続の原因と構成して、債務者に対して防禦の途を与えたとしても、これと請求異議とは本来決して相排斥するものではなく、両者は互に独立存在は許されるけれども、その一方(請求異議)が他方(執行文付与に対する異議)を包摂することも亦可能である(この逆は必ずしも真ではないから、両者は決して同一のものではなく、従つて、その限りにおいて別訴禁止は妥当しない。)以上の関係に在るものとすると、執行文付与に対する異議の請求の目的は、前記執行力発生又は移転の要件の欠如に因る現有執行力の排除であるから、その訴訟の既判力は右の原因に基く執行力排除の当否につき生ずべく、決して単なる執行正本の証明的効力のみを争うに在るものではないから、もし同一の事由が、後に請求異議の事由として主張された場合には、右事由による執効力排除の当否についての裁判、さきの既判力の効力を受けるのは当然であつて、この場合、前訴の裁判の主文は、その文言の如何に拘らず、その理由たる前記執行力の発生又は移転の要件の存否による執行力の存否としての既判力内容を示すものと解すべきであつて、上告人の主張する「条件成就の有無による給付請求権の発生の有無」も、右の前訴の審理判断の対象即ち既判力の範囲の外に在るものではない。
そうすると原審が、本訴における「現状不変更義務違反を条件とする家屋明渡請求権の効力停止」なる請求原因に基く上告人の異議を、その訴名にかかわらず請求異議に該当しないとした用語の当否は兎も角として、前訴(別訴)において右異議の当否が判断され、既判力を生じており、上告人の請求をその内容即ち請求原因の存否について判断するまでもなく失当として排斥したのは結局正当であつて、原判決には所論の法律の解釈適用の誤りは存しないとものと認められるから、論旨は理由がない。
よつて本件上告を理由なしとして棄却すべく、民事訴訟法第四〇一条第九五条第八九条第九三条を適用して主文の通り判決する。
大阪高等裁判所第六民事部
裁判長判事 岡 垣 久 晃
判事 宮 川 悠 人
判事 鈴 木 弘
上告理由書
一、第一点、原審判決は、執行文付与に対する異議の訴と請求異議の訴とは、その訴訟物を異にし、別個独立の訴であることを正当に判断しながら、前訴(執行文付与に対する異議の訴)の判決の既判力に基く拘束を理由として、後訴(請求異議の訴)による異議は訴の正当な利益を欠ぐと判断したのは、理由齟齬乃至理由不備の違法がある。
すなわち、原審判決はその理由について、
一方、請求に関する異議は「執行文付与に対する異議とはその訴訟物を異にすると解すべきであるから、別訴に対する判決の既判力はこれに及ばないのはもとよりである。」「現行法の解釈としては、請求異議の訴は債務名義に記載された請求権の不発生、効力の停止、消滅等を理由に債務名義自体の執行力を排除することを目的とする訴であるのに対し、執行文付与に対する異議の訴は債務名義自体の効力には何ら触れることなく、執行文付与の際に存在すべき条件の成就または承継の発生を争い、現に付与せられた個々の執行力ある正本の効力のみの排除を目的とする訴であつて、両者はその対象、目的を異にする別個独立の訴であるというべきである。」
とし、正当に両訴の性格と区別を識別しながら、
他方「控訴人(上告人)らは、本件和解調書第三項所定の現状不変更等の義務に違背したことがないから、同第五項記載の右義務違背を停止条件とする控訴人(上告人)らに対する家屋明渡請求権はいまだその効力を停止している」との異議は、「実質的には民事訴訟法第五六〇条が準用する同法第五一八条第二項の規定する執行文付与の際に債権者がその責任において証明すべき条件の成就を争う場合に該当するから、本件のごとく、その条件の成就を理由に執行文が付与せられた後においては、その訴名にかかわらず、請求に関する異議には該当せず、執行文付与の不当を争うための異議に外ならぬと解するのが相当である。したがつてこの異議は、控訴人(上告人)らが別訴において主張した異議と全く同一の異議というべきであつて、別訴に対する判決がすでに確定している以上、その判決の既判力にもとづく拘束を受けるのは当然であるから、控訴人(上告人)らは本訴において再びその異議を主張する正当な利益を有しないものというべきである。」
とし、先には前訴の判決の既判力は後訴に及ばないと判示しながら、何ら特別の理由を示すことなく、前訴たる別訴の判決の既判力が後訴たる本件訴訟に及び上告人らは、本件異議の訴を提起する正当な利益がないと判断したのは理由齟齬乃至理由不備の違法があるから、原審判決は破毀せらるべきものと信じる。
二、第二点、原審判決は判決の既判力に関する法律の解釈を誤つた違法がある。
判決の既判力は、その主文に包含するもの、すなわち、判決主文で判断せられた権利関係についてのみ生じ、判決の理由中で判断された事項については生じないとせられる。
昭和七年三月一一日大審院判決(民集一一巻二二五頁)は、「判決ハ其ノ主文ニ包含スルモノニ限り確定力ヲ有スルモノニシテ、其ノ主文ニ包含セザル判決ノ理由ニ確定力ノ存スルモノニ非ザルコトハ民訴法第一九九条ノ規定ニ徴シ明カナリトス(中略)上告人ハ曩ニ被上告人ニ対シ競売申立取消ノ訴ヲ提起シ、該訴訟ニ於テ本訴不動産ニ対スル競売不許ノ判決ヲ求メタルトコロ、同裁判所ハ右上告人ノ請求ヲ棄却スル旨ノ判決ヲ為シ、該判決ハ確定シタルモノトス。然ラバ該判決ニ於テハ其ノ競売ノ基本タル債権並ニ抵当権ノ存否ノ確定ガ訴訟ノ目的ト為リタルモノニ非ズシテ、競売不許ヲ以テ其ノ目的ト為シ、判決ハ右競売不許ノ請求ヲ棄却シタルモノナレバ、其ノ之ヲ棄却スルニ至リタル原由ハ競売ノ基本タル債権並ニ抵当権ノ有効存在ノ為ナリトスルモ、該判決ノ確定力ハ競売不許ノ請求ヲ棄却シタル部分ニ止リ、其ノ理由タル債権並ニ抵当権ノ有効存在ノ事実ニ及ブコトナシト為サザルベカラズ」
として、競売不許の請求を棄却した判決の既判力は競売の基本たる債権並に抵当権の有効存在の事実に及ばないことを判示し、
昭和一六年七月一八日大審院判決(民集二〇巻九七四頁)は、
「不動産所有権移転登記請求ノ訴ニ於テ原告敗訴ノ判決確定スルトキハ其ノ理由ノ如何ニ拘ラズ之ニヨリ不動産ガ被告ノ所有タルコトヲ確定スルモノニ非ズ」と判示して、原告敗訴の判決確定するも移転登記を請求した所有権の帰属につき既判力を生ずるものに非らざることを示し、
昭和三〇年一二月一日最高裁判決(民集九巻一九〇三頁)は、
「民訴一九九条一項によれば「確定判決ハ主文ニ包含スルモノニ限り既判力ヲ有」し、いわゆる判決の主文とは、本案判決についていうならば、裁判所が当事所が当事者によつて訴訟物として主張された法律関係の存否についてなした判断の結論そのものを外形上他の記載殊に理由の記載から独立分離して簡明にしかも完全に掲記するものをいうのである。(中略)判決の既判力は主文に包含される訴訟物とされた法律関係の存否に関する判断の結論そのもののみについて生ずるのであり、その前提たるに過ぎないものは、大前提たる法規の解釈、適用は勿論、小前提たる法律事実に関する認定その他一切の間接判断中に包含されるに止まるものは、たとえそれが法律関係の存否に関するものであつても、同条二項のうな特別の規定のある場合を除き、既判判力を有するものではない。そして如何なる法律関係が訴訟物として主張されているかは、原告が訴を提起するに当り、請求の趣旨において明確にすべきところである。すなわち訴訟物の如何は、一に訴を提起する原告の意思に基いて定まるのであり、相手方たる被告の答弁、又は裁判所の審判の如何により左右されるものではない。しかもかかる原告の意思は請求の趣旨で明確にされねばならない。」
と説示して、所有権に基く登記請求を容認した確定判決は、その理由において所有権の存在を確認している場合であつても、所有権の存否について既判力を有しないことを判示した。これを本件について観るに、前訴(執行文付与に対する異議の訴)の訴訟物は「現に付与された執行力ある正体に基く執行の不許」であつて、その請求棄却の判決の主文は、ただその訴訟物たる当該執行力ある正本に基く執行不許の請求についてのみ判断の結論を与えたに止まり、給付義務の発生、すなわち給付請求権の存在につき、主文に包含して判断を与えたものではない。従つて債務名義そのものの執行力排除乃至執行の不許につき判断したものではないのであるから、前訴の判決の既判力は後訴たる本件請求異議の訴には到底及ばないのである。
最近大阪高等裁判所は、執行文付与に対する異議の申立及び訴と請求に関する異議の訴とにつき、次のように判示した(昭和三六年二月一八日判決、高裁判例集一四巻一号四二頁、判判時報二五八号二三頁)。曰く、
「調停調書において、相手方が申立人に対する過去の延滞賃料債務を一定の時期に支払うべく、その支払を怠つたときは、相手方は建物の賃借権を失い、直ちにその建物を申立人に明渡すべき旨の条項の記載のある場合、相手方がその支払を怠つていないことを理由として右債務名義に基く執行を排除しようとするには、執行文付与に対する異議の訴によることもできるし、また請求に関する異議の訴によることもできるものと解するを相当とする。(中略)
前示の調停条項を定めた債務名義に表示された給付義務の発生は、当初から相手方が一定の時期に支払を怠ることを停止条件とするものであつて、債務名義に表示された給付義務に実体上の変動が生じたことを主張するものではなく、一方債務名義に表示された停止条件が成就したかどうかが争われている点において同法第五四六条前段の場合に類似しているから、債務者は調停条項に定めた停止条件が成就していないことを理由として同法五二二条により執行文付与に対する異議を申し立てることができるばかりでなく、同法五四六条に準じて執行文付与に対する異議の訴を提起することができるものと解すべきである。(中略)
前示の調停条項を定めた債務名義に表示された給付義務の発生は、当初から相手方が一定の時期に支払を怠ることを停止条件とするもので、債務名義に表示された給付義務に実体上の変動があることを主張するものではないから、同法五四五条に定める請求異議の訴を提起することは許されないように見える。しかしながら、債務名義に表示された請求の実体に関する争であるから、債務者は同法五四五条に準じて請求に関する異議の訴を提起することを妨げないものと解する。(後略)」と。
ところで、請求異議の訴には、請求権の全部又は一部の存在を争うものと、給付義務の態容としての条件、期限、執行の制限等を争うものとがあつて、前者につき原告勝訴の判決が確定すると債務名義そのものの執行力はその全部又は一部が永久的に排除せられることとなり、後者の場合には、単に延期的又は制限的に執行力が阻止せられることになるのであるが、本件請求異議の訴は、被上告人が、本件債務名義は和解条項に定められた停止条件の成就により、給付請求権が発生し、債務名義は執行力を具有するに至つたとするのに対し、上告人らは、条件未成就、従つて給付請求権の不発生を異議の原因として、その債務名義の執行力を阻止するための訴訟法上の異議権を訴訟物として本件請求異議の訴を提起したものであつて、給付請求権不発生は前訴においては訴訟物とはせず、従つて判決主文においてもその判断をしていないのであつて、判決の既判力の範囲に属しないと主張するのであるが、かく前訴が現に付与せられた執行力ある正本による執行不許の請求であるのに対し、後訴においては、給付請求権の不発生不存在を主張して請求異議の訴として争訟するのであるから、何ら前訴の既判力に牴触するものではないのである。
しかるに原審判決が「この異議は控訴人(上告人)らが別訴において主張した異議と全く同一の異議というべきであつて、別訴に対する判決がすでに確定している以上、その判決の既判力にもとずく拘束を受けるのは当然である」として、上告人らのこの部分に対する控訴を棄却したのは、既判力に関する法律の解釈乃至その適用を誤つたものであるから、原判決は、またこの点においても破毀せらるべきものと信ずる。